こんにちは歯科技工士の宮林です。
なぜ人間には32本の歯があるのだろう?
――歯から考える、長く生きるということ
「人間の歯は何本あるでしょう?」
こう聞かれたら、多くの人は「32本」と答えるのではないでしょうか。
ところが、これは誰にでも当てはまる数字ではありません。
親知らずを除けば28本ですし、親知らずが4本とも生えていない人も珍しくありません。
では、そもそもなぜ人間には、こんなにたくさんの歯があるのでしょうか。
少し視野を広げて、私たち人間以外の動物の歯を見てみると、もっと面白いことが分かります。
哺乳類の歯は、その動物が「何を食べて生きているのか」と深く関係しています。
肉を食べる動物には、肉を切り裂くための鋭い犬歯や裂肉歯があります。
草を食べる動物では、植物をすりつぶすための臼歯が発達しています。
人間の歯はどうでしょう。
前歯で食べ物を切り、犬歯でとらえ、奥歯ですりつぶす。
つまり、人間の歯は一つの役割だけに特化しているというより、いろいろな食べ物に対応できるような形になっています。
人間は肉も食べれば、野菜も食べ、穀物も食べます。
その食生活の幅広さが、現在の歯の形にも表れているわけです。
そして、人間の歯を見ていると、もう一つ興味深いことがあります。
それは「昔の人間は、今の人間より歯が多かった」という話ではありません。
人類の祖先から現代人まで、歯の本数には変化がありますが、「28本から32本へ」という単純な一本道ではありません。
初期の人類では、現代人とは異なる歯の形や大きさを持つものがあり、進化の過程で顎や歯の形も変化してきました。
特に大きな変化の一つが「顎」です。
人類では、食生活や調理方法などの変化とも関係して、長い時間をかけて顎が小さくなってきました。
その一方で、歯そのものは急激に小さくなるわけではありませんでした。
その結果として、現代人では「歯はあるのに、歯が並ぶ場所が足りない」という問題が起こりやすくなります。
その代表が親知らずです。
親知らずは、昔の人間にとって重要な歯だったのではないかと考えられることがありますが、「昔は親知らずが必要だった」と単純に言い切ることはできません。
現在では、親知らずが正常に生えている人もいれば、斜めになったり、埋まったままだったり、最初から存在しない人もいます。
人間の口の中には、進化の歴史がそのまま残っているような部分があるのです。
では、ここで少し考えてみたいことがあります。
私たちは100歳を超えるまで生きることも珍しくない時代に向かっています。
ところが、歯の歴史を考えてみると、歯は「100年以上使うこと」を前提に作られたものではありません。
歯は一度大きく壊れてしまえば、自然に元の状態へ戻ることはありません。
虫歯になっても、削れば元通りになるわけではありません。
歯周病で歯を支える骨が失われても、完全に元へ戻るとは限りません。
だからこそ、長く生きる時代になるほど、「歯をどう残すか」という問題は大きくなってきます。
もちろん、歯が残っていれば、それだけで健康長寿が約束されるわけではありません。
しかし、歯でしっかり食べられることは、食事を楽しむことだけではありません。
肉や魚、野菜など、さまざまな食品を自分の口から食べる。
食べ物を噛んで飲み込む。
会話をする。
笑う。
人と食事をする。
歯には、こうした日常生活の一つ一つを支える役割があります。
そして興味深いのは、「歯の本数」だけが大切なのではないということです。
28本残っていても、うまく噛めなければ困ることがあります。
反対に、歯を失ったとしても、入れ歯やブリッジ、インプラントなどによって、噛む機能を補うことができます。
つまり大切なのは、「何本残っているか」だけではなく、「その人がどのように噛み、食べ、生活できているか」ということなのかもしれません。
歯を仕事にしていると、毎日のようにいろいろな歯を見る機会があります。
一本一本の歯には、それぞれ形があり、噛み合わせがあり、その人が長年使ってきた歴史があります。
同じ28本でも、同じ32本でも、まったく同じ口の中はありません。
そう考えると、歯というのは不思議なものです。
何億年という生物の歴史の中で形を変え、人間の食生活に合わせて変化し、そして今度は「100歳まで生きる時代」に合わせて、その役割を考え直す必要が出てきました。
「歯を大切にしましょう」
よく聞く言葉です。
でも、少し見方を変えると、歯は単なる「食べるための道具」ではありません。
長い人生の中で、食べること、話すこと、笑うこと、人と関わることを支えている、とても身近な身体の一部です。
今日、何気なく鏡を見たとき、一本の歯を見てみてください。
その歯もまた、人類が長い時間をかけて受け継いできた「生きるための仕組み」の一つなのかもしれません。
そしてこれからは、「何歳まで生きるか」だけではなく、
「何歳まで、自分の歯で食べ、話し、笑っていられるか」
そんなことを考える時代になっていくのではないでしょうか。

